さて、今週ご紹介するエンターテインメントは、いろんな意味で世界に存在感を発揮しまくるあの国と人工知能(AI)に関するお話でございます。
米アップルのスマートフォン(高機能携帯電話)「iPhone(アイフォーン)」の音声アシスタント機能「Siri(シリ)」をはじめ、人間の声に反応し、音楽やニュースを流したり、家電を操作できたりするスピーカーや自動運転車などなど、人工知能(AI)の普及ぶりにはめざましたものがありますね。
とはいえ、かつての本コラムでご紹介したように、車いすの天才宇宙物理学者で知られる英のスティーヴン・ホーキング博士や米宇宙開発企業、スペースXのCEO(最高経営責任者)などを務めるイーロン・マスク氏といった最先端の考えで動く人々が「AIが人類を滅ぼす」的な警告で物議を醸すなど、AIが日常の一部になることへの抵抗感が強いのもまた事実です。
そんななか、あの国がいま、国を挙げて、あらゆる分野での“AI化”を猛スピードで進めています。中国です。なかでも最近、世界を驚愕(きょうがく)させているのが、学校の先生をどんどん“AI化”しようという計画なのです。
というわけで、今回の本コラムでは、この恐るべき計画をはじめとする中国の“AI化”とそれに対する反応などについてご説明いたします。
■日本すでに周回遅れ…国家の教育予算8%超をデジタル化に
本コラムのネタ探しで海外メディアの電子版を巡回中、この記事を見つけて本当に驚きました。
10月14日付で香港の英字紙サウスチャイナ・モーニング・ポスト(SCMP、電子版)が報じているのですが、中国の最高国家行政機関である中国国務院が今年の7月、2030年までに、中国をAI開発の分野における世界の中心地に育てるというAI活用計画の一環として、AIを使った教育を国家戦略に位置づけると発表。
政府の教育部は、農村部の子供たちにも最新のAI教育が受けられるように、地方レベルも含む全行政組織に対し、年間の教育関係予算の8%以上を教育のデジタル化に費やすよう要求しているといい、こうした動きを後押しすべく、中国政府は既に昨年、3000億元、日本円にして約5兆1500億円をこの分野に投資したというのです。
中国国内には現在、約1400万人の教師と、約1億8800万人の生徒たちがいるというのですが、AIの本格導入によって、彼らをとりまく教育環境が劇的に改善するのは間違いなさそうです。
例えば、上海に拠点を置くオンライン教育サービスのベンチャー企業「マスター・ラーナー」には超優秀な“AI教師”がいます。
■日本の某“学習アプリ”と桁違いな高レベル
この“AI教師”は既に国内の中学校で最も多く出題された計約5億問のデータを蓄積しており、文字通り、人民の人生がかかった高校入試である全国普通高等学校招生入学考試「高考(ガオカオ)」でも高得点を挙げ続けているといいます。
具体的には、専用のアプリをタブレット端末にダウンロード。このアプリを介し、生徒に対して設問や宿題が出されます。
生徒たちは回答をノートなどに手書きしますが、このシステムは手書きの文字をデータとして認識。この答えを“AI教師”がリアルタイムで採点。同時に、例えば数学だと、どこで答えを間違えたかや、その間違いがどこでどう発生したかについてまで細かに分析。生徒がどこから勉強し直せばよいかまで示唆(しさ)してくれるというのです。
さらにこの“AI教師”は生徒1人1人だけでなく、クラス全体の習熟パターンを分析し、クラスとしての問題点をあぶり出すこともできるのです。まさに家庭教師ではなく、リアルな学校の先生なわけですね。
同社のエンジニアのひとりはこのSCMPに対し「“AI教師”の助けを借りれば、人間の教師の負担は大幅に軽減されるとともに、1人1人の生徒によりきめ細かく適切な指導ができる」と指摘します。
この“AI教師”、同社のエンジニア300人が協力した作り上げたAI教育プログラムのプラットフォームなわけですが、この企業の創業者兼最高経営責任者(CEO)であるZhang Kailei(チャン・カイレン)氏はこのSCMPに「教育において、効率性と教育の質を両立させることは非常に困難でしたが、AIを用いればそれが可能になります」と説明。同社が既に1億ドル、日本円にして約113億円の企業価値を獲得、つまり、投資家のグループから資金を調達したと胸を張りました。
また、中国最大規模のオンライン教育サービスのひとつ、Hujiang(●江(●=さんずいに戸))では、画像と音声の認識システムを活用し、生徒の表情や反応をリアルにコンピューターに取り込むことで、オンライン学級における教師と生徒との交流をよりリアルなものに改善する取り組みを続けています。
こうした動きを受け、中国のアナリストやビジネス関係者は、計約1億8800万人の生徒が学校で学ぶ中国で、AIは教育の質を上げるための避けられないステップであると声をそろえます。ある関係者はこのSMPCに「AIは中国の教育産業を改善するだろう。コストは削減され、効率性は向上する」と断言。
そして、マスター・ラーナー社のチャン・カイレンCEOは同じSMPCに「良い教師と学校は首都圏に集中しているが、農村部の教育環境は劣悪である」と述べ、いまの中国の教育制度が直面する課題が、教育資源の分配の不均衡であると明言し、将来を次のように予測します。
「適応型の学習技術やインテリジェントな学習管理システムなどを通じ、生徒はオンラインによる(効率的な)学習方法を入手します。同時に、教師への依存度を減らし、個人化された教育サービスを受けることができるようになります」
確かにそうですね。“AI教師”が優秀であればあるほどリアルな教師の数を減らせ、当然ながら彼らに支払う人件費や経費なども減らせます。多大なコスト削減です。
■たった「コーラ飲料1本分」料金で教育格差を是正
実際、AIを使った英語学習サービスを提供している上海の振興IT系企業の最高技術責任者(CTO)も同じSCMPに「中国の一般的な英語訓練校だと年間の学費は通常、3万元(約51万5000円)になりますが、弊社だと年間966元(約1万6600円)。つまり、1日あたりコーラ1本分の出費で済みます」などと述べ、AIを駆使した教育システムの優位性を強調します。
この企業、生徒は60万人いるそうで、AIによって薄利多売を実現できたわけですね。
前述したように、中国では、国家戦略に位置付けた教育分野だけでなく、軍事や経済(労働力のコスト削減)といった分野でもAI化が猛スピードで進んでいます。
6月29日付のSCMP(電子版)によると、昨年、中国政府は、来年までに150億ドル、日本円にして約1兆7000億円以上の規模を有するAI市場を創出すると発表。北京ではすでに全国の大学や研究機関に勤務する何百万人もの研究者がAIの研究に携わっているといいます。
また中国のシンクタンク「Wuzhen Institute(ウーチェン研究所)によると、中国は、昨年、AI企業に総額26億ドル(約2900億円)を投資しており、この分野で世界第2位でした。ちなみに1位は米国で179億ドル(約2兆円)で大差を付けてはいるものの、米国は中国の追い上げに危機感を持っています。
実際、7月27日付の英経済誌エコノミスト(電子版)によると、中国におけるAI関連の特許出願数は2010年から14年までの4年で約3倍に増えています。
AIに関する研究課題のひとつ「機械学習」について研究する科学者でもある北京大学のFeng Jufu(フェン・ジュフ)教授はSCMPにこう述べています。
「13億8000万人の人口を有する中国は、世界最大の(ネットの)利用者のデータベース貯蔵庫であり、機械学習における“パラダイス”である。AIは子供のようなもので、より多くの人が利用すれば、学び方もより早くなる。そしてより多く学べば、習熟度はより向上するのです」
何と言っても数は力。データの母数が多ければ多いほどAIが賢くなるとすれば、やはり中国が優位に立つことができますね。
■“AI先進国”中国は世界から酷評!?
そんなわけで中国の猛烈なAI開発が世界に懸念を生じさせているのですが、それに関しては別の面でも論議を呼んでいます。
前述のエコノミスト(電子版)によると、例えば今年6月に施工された中国のサイバーセキュリティ法によって、中国で事業を手がける海外企業は、ネットを介するなどして現地の顧客から収集したデータを中国国外に持ち出すことができなくなりました。海外企業は中国でユーザーから集めたデータを第三者に提供できないのです。
海外企業にとって中国は、AI開発に役立てるためのデータベース構築に貢献しないどころか、ネット空間への国家権力の過剰な介入を許す悪しき前例と化しています。
また、西側諸国では昨今、米のシリコンバレーのIT(情報技術)企業が中心となり、AIの倫理的かつ平和的な利用についてオープンな議論が行われていますが、中国は未だ、その輪に入ってはいません。
この分野で米中に遅れを取っている日本。AIを教育や遠隔地医療などに役立てるための本格的な研究が待たれるところです。